キャンプに行こう
数年前の夏、奥様がキャンプに行く計画を立てた。
奥様は「旅行といえば温泉」という人なので珍しいと思った。
聞けば、星空が見たいということだった。
僕は無人島に流されても女性を守れる男でありたいと思っているので、キャンプはそのステップアップのために丁度いいと思い、計画に賛同した。
キャンプ当日、山道を奥へ奥へと車で進む。
頂上近いところにホテルがあり、その駐車場に車を止めて、キャンプサイトへ移動するという決まりだった。
受付を済ませ、たくさんの荷物を抱えて、10分ほど歩くと、予約していたテントにたどり着いた。
クーラーボックスをテントの中に入れ、冷たい飲み物を口に含む。
高地なので夏とはいえ肌寒いが、テントの中は蒸し暑く、扇風機をモバイルバッテリーにつなぎ、しばしリラックスをした。
一息ついて探索に出かけると、テントから少し行った距離に流しとトイレがあった。
流しには蛇口が10以上並んでいて、何組もの客に対応できるようになっていた。
トイレは屋根と敷居があるくらいの簡素なものだった。
それから来る途中で見つけた草原に行き、自然を満喫した。
夕食時になると、スタッフさんのところへ材料と調理器具を取りに行く。
食べ残しを外に置いておくとタヌキが来るから必ず指定の場所に捨てるよう指示された。
さあ、待ちに待った夕食だ。
周りにいた数組の家族も調理を開始した。
火起こしをして、バーベキューの準備をし、その傍らご飯を炊く。
飯盒炊飯なんて何十年ぶりだろう。
見様見真似で調理をするが、それがまた楽しい。
1時間ほどして全ての料理が完成した。
ご飯はちょっと水っぽいし、お肉も少し焦げていたけれど、自然の中で食べるご飯は美味しく感じられるのだ。
調理器具を洗い、ゴミを指定の場所に捨て、テントの前の焚き火に戻る。
そして珈琲を飲みながら、夜空を眺める。
無数の流れ星が夜空を走る。
都会では絶対に見られない夜空だ。
来てよかったね、と家族と話をする。
そして珈琲を飲み干して、そろそろ寝ようということになった。
僕達は歯を磨き、テントに帰り、持ってきた寝袋を広げた。
そしていざ就寝というときに奥様がトイレに立つ。
奥様が帰ってきたら僕も行こうかなと思った矢先のことだ。
ぎゃあああああああああ!
闇を切り裂く奥様の悲鳴。
大丈夫かと思い、助けに行こうとすると、奥様が真っ青な顔をして帰ってきた。
「どうしたのか」と聞くと、「あれではできん」とだけ言い残して、寝袋の中ですすり泣いている。
嫌な予感しかしない。
僕はトイレへと歩みを進めた。
トイレの中心にぼんやりと灯りがついている。
そして僕がそこで見たものは信じられないほどバカでかい虫がそこら中にいるという状況であった。
天井にも「なんですかアレは?」的な虫がへばりついていた。
ま、魔界やないか...
この世の終わりの風景を見て、僕は絶望し、テントに帰る。
いっそ幽霊ならばまだ解り合える可能性があっただろうに。
僕達家族は押し黙り、尿意を堪えながら、朝が来るのを待つしかなかった。
しばらくすると、近くの家族の女の子の泣き声が聞こえた。
可哀想に、あの女の子も魔界の扉を開けてしまったんだね。
キャンプ場を包む暗闇の中にはいくつものすすり泣く声だけがしていた。
翌日、キャンプをした人たちはホテルで朝食バイキングが食べられる特典がついていた。
しかし、行列ができたのはバイキングではなくトイレであったことは言うまでもない。
maruneko-cannot-sleep.hatenablog.jp
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