バンバ
小学生だったある夏の朝、学校で僕たちは会話をしていた。
話題は来たる町内対抗野球大会についてだ。
この大会で活躍して、クラスのアイドルのアカリちゃんに良いところを見せたい。
ふだんは仲の良い友人も、町内が違うとチームが異なるので、いつもとは違うクラスメートと話をしていた。
そんなとき同じ町内に住むバンバ (仮名) が教室に入ってきた。
額には大きな絆創膏を貼っている。
そしてバンバの指はギプスで固定されていた。
ヒビが入っているとのことだ。
僕たちは第三の目を隠すかのような絆創膏とねずみ色のギプスに心を奪われ、バンバに怪我の原因を聞いた。
しかしバンバは「いや、ちょっと」と言うだけで、怪我の経緯を離さない。
僕たちは勝手にバンバが違う町内のヤツに襲われたと思った。
許せない出来事だ。
僕たちの町内のメンバーは奮起し、放課後の練習もより一層真剣に取り組んだ。
ヒビが入っているバンバはベンチで練習を眺めていた。
練習が終わり、僕たちはバンバのところに行った。
「俺たちはお前を襲うような卑怯な連中には負けない、だから安心していろ。」
熱い。
熱い男たちだ。
そんな男たちには「あわよくばアカリちゃんに『友情に厚いカッコいい男』と思ってほしい」という目論見などは微塵もなかった。
そんな男たちの熱い言葉に、バンバは「ああ、うん」と言うだけだった。
僕たちはバンバが感動して、感謝を言葉にできないのだと勝手に思った。
明かされた真実
大会が近づくにつれて、僕たちのチームには打撃力に問題があることがわかった。
その課題を克服するために、僕たちは町外れのバッティング・センターでトレーニングをすることに決めた。
アカリちゃん、いやバンバのために必ず勝ってみせる。
少年たちは息まいてバッティング・センターに集った。
そのバッティング・センターはどこにでもあるようなもので、球速なども80キロから120キロくらいまでしか出なかった。
それでも空間的に広く、小学生が練習をするにはもってこいの環境だった。
僕たちはバッティング・センターに入り、回数券を買おうとした。
そのとき、センターのおじさんが呼び止めた。
「君たち、あの小学校の子?」
僕たちは「はい、そうですけど」と答える。
おじさんは申し訳無さそうに「あの小学校の生徒はしばらくこのバッティング・センターが使えないことになってるんだよ」と続けた。
僕たちは驚いて「え?何でですか?」と尋ねた。
おじさんはこう続けた。
「1人の生徒がバントをしようとして、球が指に当たってヒビが入っちゃったんだよ。」
僕たちは黙って聞いていた。
「その指に当たったボールがその子の額にも当たって、大変だったんだよ。」
いや、バンバだろ、それ。
なかなかないぞ、そこまで不器用な怪我の仕方は。
おじさんは「だから危ないから、あの小学校の子に貸すことを止められているんだ、ごめんね」と続けた。
いや、おじさん、謝るのはこちらのほうです。
そいつは昨日の水泳の授業でも、ターンができずに壁に額からぶつかっていた恐怖のヘディング野郎なんです。
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