アーティスティックな毎日
大学の研究室にいたときのことだ。
お付き合いをさせていただいた女性にアーティストが多く、いろいろな刺激を頂いた。
個展を開かれていたかたや、映画を撮られていたかたもおられて、自分にはない世界のとらえ方に感動することが多かった。
今の自分があるのは僕みたいなものとお付き合いをしてくださった女性のおかげだと思う。
そんなわけで僕自身もアーティスティックな生き方をしたいと思っていた。
まず始めたのは、朝食に抹茶をたてることだった。
これはある人間国宝が朝食に抹茶だけを飲むということを知り、真似したものだ。
僕も抹茶だけにしたが、栄養が気になる人はきちんとバランスのよい朝食を摂った上で抹茶を飲むことをおすすめする。
(僕がこのルーティンにはまったのは、祖母が茶道をしていたことも関係しているかもしれない。)
結論から言うと、これはとても気に入った。
粋でカッコいい。
朝の静かな時間に抹茶をたて、ほんのひとときの間であるが、その味に酔いしれる。
これから始まる日常の煩わしさをしばし忘れることができる。
シンプルにおすすめである。
アーティスティックな眠り
朝に抹茶を飲むということが日常に彩りを与えてくれることに気が付き、気を良くした僕は次なるライフスタイルの変更を試みた。
中世ヨーロッパの絵画展に行ったとき、舟に乗って川を流れ行く人を描いている作品を観た。
僕はこれだと思った。
つまり舟を部屋に置いて、その上で寝ようと考えたのだ。
この試みの難しいところは、絵画にあるような木製の舟が手に入らないということと、仮に手に入ったとしても部屋に置けないというところにあった。
仕方なく僕は安価なゴムボートを購入し、その上で寝るようにした。
当初は「これで本当にアーティスティックな睡眠となるのか」と思っていたが、部屋を暗くしてみると予想以上の雰囲気が出た。
あたかも暗い川に浮かぶ舟で寝そべっているような錯覚に陥った。
体を動かすと、ゴムボートも少し揺れるのが感覚として新しかった。
数日間、そのような形で睡眠を取った。
もう自己陶酔状態になっていた。
アーティスティック承認欲求の化け物だ。
「僕のアーティスティック・スキルも上がってきたものだ」と自己満足を感じたある日の朝、それは起こった。
首が動かない。
もともと肩コリを起こしやすい上に、寝たときの姿勢が悪かったのだろう。
首を左右に動かすのも痛みを伴った。
起き上がることも難しい。
僕は思った。
このままではこのボートの上で遭難してしまうかもしれない。
奇しくも、僕は中世ヨーロッパの絵画に描かれた男のように、舟から起き上がれず、半日近くそこで寝そべっていた。
アーティスティックここに極まれりである。