安心を購入する
今の家に住み始めて間もない頃、近所の立派なお屋敷で空き巣があった。
職場にも空き巣にあわれた人がいて、その方は「知らない人間が家に入ったということが気持ち悪い」と言っていた。
僕の家は小さく、金目のものも全く無い。
車を除けば、リアルに一番高いものは楽器かベッドになる。
だから狙われる要素がない。
しかし虫が部屋にいるだけで凹む僕には、「知らない人がいた」なんてことは耐えられるレベルではない。
そういうわけで、僕は警備会社さんを利用させていただくことにした。
僕が利用させていただいている警備会社さんは、我が家に異変があった場合、駆けつけてくれることになっている。
では異変にはどう気付くかというと、家の中にカメラを何台も設置し、無人であるはずの部屋に動く熱源があるとセンサーが感知してくれて、警備会社に連絡が行くというものだ。
その警備会社さんはすごく丁寧で、ちょっとしたことでも連絡をくれたり、確認のために駆けつけてくれる。
火災などにも対応してくれるため、心配性の僕にとっては本当にありがたい。
ただ、センサーが優秀で、人間以外の熱源にも反応するので、猫が飼えないことにあとで気が付いた。
警報装置が鳴る日
警備会社さんのおかげで、僕は安心を手に入れ、快適な日々が続いていた。
しかしある日、事件は起きた。
日の登らぬ朝5時前にけたたましく警報が鳴ったのである。
それはふつうに考えると、家に侵入者がいるということを意味する。
僕と奥様はぐっすりと寝ていたのだが、警報で飛び起きて、状況を把握しようとする。
下の階の警報が鳴った模様だ。
奥様は怯えていた。
「僕が下の様子を見てくるから、何か武器に鳴るようなものを渡してください」と奥様にお願いする。
バットみたいなものはうちにはないので、何か長い棒の代わりになるものが欲しかった。
奥様は気が動転していたようで、そっと僕の手に何かを包ませた。
スリッパだ。
いや、僕はツッコミに行くわけではない。
しかし僕も冷静ではなかったようで、とりあえずスリッパを片手に、恐る恐る階下へ行く。
誰もいない。
そのあと、家に駆けつけていただいた警備会社の方と家中を点検したが、誰も侵入した形跡がなかった。
警備会社の人曰く、タイマー設定していた炊飯器と加湿器にセンサーが反応したらしい。
ご迷惑をおかけしたのに、警備会社の人は笑顔で「何もなくてよかったですね」と言ってくれた。
なんて素晴らしい会社なんだ。
「会社に報告書を書くので、サインをいただけますか」と警備員さんは言う。
そして床で書類を書き始めた警備員さんは靴下だった。
何のおもてなしもしていないことに気付き、僕は慌てて警備員さんに言う。
よかったらこのスリッパを使ってください。