田園
蝉が鳴き始めた。
夏を感じさせる。
街から遠く離れた場所へと車を走らせると、稲穂が生い茂る田んぼが広がっている。
目に映る緑が僕の心を癒やしてくれる。
いつか見た景色だ。
そう、この景色を僕は小学生の頃にシンコと眺めていた。
記憶の扉がまた1つ開かれる。
シンコ
シンコは小学生のときの友達だ。
シンコの家には見たこともないゲーム機が数多く揃っていて、僕たちのたまり場になっていた。
シンコの家に行くと、彼はお気に入りのアニメを流しながら、どこが素晴らしいかを熱弁した。
僕たちはそれが嫌だった。
何しろシンコの解説に熱が入りすぎて、肝心のアニメの中身が全く入ってこない。
もうシンコが主音声で、アニメが副音声だった。
シンコがアニメの解説に満足すると、お待ちかねのゲームタイムが始まる。
残酷ではあるが、そのゲームタイムがあるから、シンコのアニメ解説に耐えていた部分はある。
落語の寝床を彷彿させる。
アニメの熱弁は本当に困っていたが、基本的にシンコはいいヤツだった。
ゲームを持っているから遊びに行くだけの友達ではなかった。
野球をしたり、茂みを探検したり、少年らしい遊びを一緒にした。
そんなシンコがある日突然無気力になってしまった。
小学生シンコの悩み
しばらくシンコは学校でもずっと窓の外を虚ろに眺めていた。
僕は心配になって、学校からの帰り道にシンコに「ちょっと話さないか」と言った。
シンコと僕は緑茂る田んぼの畦道に座って、蝉の声に耳を傾けた。
先に口を開いたのはシンコだった。
「俺、メグちゃんが好きだ。」
メグちゃんとは同じクラスの女の子で、当時はあまりパッとしてなかったが、後年凄まじい美人になる少女のことである。
そういう意味ではシンコの見る目は正しかった。
僕は恋煩いかと思って、安心した。
もっと深刻な悩みだと思っていたからだ。
しかしシンコは言葉を続けた。
「でも、もう止めにする。」
「え?どういうこと?」
スタンド・バイ・ミーの1シーンだとしてもおかしくないと思った。
シンコはさらに言う。
「弁護士になろうと思っていたけれど、それも止める。」
やはりシンコが抱えている悩みは深刻なのだ。
風が稲穂を揺らす。
僕はシンコの言葉を待った。
夏の空は高かった。
長い長い沈黙のあと、シンコは重い口を開けた。
「知っているか?1999年に世界が終わるらしいぜ。」
これはいわゆるノストラダムスさんの大予言の1つだ。
隣りに座っていたにも関わらず、僕はシンコを二度見した。
シンコは両手で顔を覆った。
泣いているのだ。
そして彼は続けた。
「だから努力しても仕方ないから、もう頑張るのを止めたんだ。」
シンコは号泣した。
高すぎる。
努力を止めるにはリスクが高すぎる。
シンコは号泣のあまり、えずき始めた。
僕はそんなシンコを見ながら思った。
早く帰りた〜い。
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