激走
僕は三重県を愛している。
(休憩時間を含むが)車で5時間かからない距離に住んでいることもあり、僕は三重県に幾度となく足を運んでいる。
何度訪れても畏敬の念を覚える伊勢神宮。
美しい景色が堪能できる鳥羽の県道。
日本に産まれてよかったと感じさせてくれる場所である。
三重の素晴らしいところを挙げればキリがない。
まず食べ物が本当に美味しい。
松阪牛で知られる松阪市があるわけなので、お肉が美味しいことはいまさら言うまでもない。
県のかなり部分が海に面しているため、どこで食べても海産物のクオリティーは高い。
そのほかに野菜や卵なども特に工夫をしなくても美味しく食べられる。
いたるところに強力なパワースポットがあるのも嬉しい。
お金に余裕があれば住んでみたいと思う場所である。
これほどまでに僕は三重を愛しているわけだが、この前三重の山道をドライブしているときには恐ろしい体験をした。
三重県の山道は一車線が普通であり、ときとしてそれすらなくなる場合がある。
つまり対向車と同じ車線を共有することがあるわけだ。
ただほかの県の山道と較べると走りにくいというのはない。
カーブが多いことを除けば、かなり快適に走行することができる。
僕は車の運転は好きだが、スピードを出すことはそれほど得意ではない。
しかも臆病者だ。
その日は山道をゆっくり目に走っていた。
すると当然後続車に煽られることとなる。
「法定速度に達していないからかなぁ」と思い、法定速度までスピードをあげる。
車間距離が開き、安心したのもつかの間、すぐにまたぴったりと車を付けられる。
法定速度でも煽られるのか。
怖い。
太っているのに痩せ我慢をしなくてはならない時間が続く。
道を譲りたいが停車スペースのある路肩はいっこうに見つからない。
僕は正直泣く手前だった。
恐る恐るバックミラーで後続車のドライバーを見る。
おばあちゃんが乗っていた。
僕の目の錯覚かもしれないが、かなり年季の入ったもみじマークが貼られていた気がする。
ああ、煽られていたわけではなく、地元に住んでいる人が普段のスピードで運転していただけだったのか。
僕は安心した。
しかしおばあちゃんの激走はとどまることを知らなかった。
カーブを無駄なく走っても車間距離が広まらない。
直線では常に法定速度いっぱいまでスピードを出しても車間距離が広まらない。
糸で結ばれたように2台の車は走行していく。
おばあちゃんのスリップ・ストリームや!
おばあちゃんのブレーキを踏まないドライブ・テクニックに戦慄を覚える。
そこへ追い打ちをかけるように前方の道路を横断する別のおばあちゃん。
なぜここを横断する必要があるのだろう。
おばあちゃんの嵐や!
正直、このときには僕はもう泣いていた。
何とかブレーキ・ランプを断続的に点灯させることで後続のおばあちゃんをスピード・ダウンさせ、前方のおばあちゃんに横断してもらう。
そしてその後も後続車に乗るおばあちゃん教官と僕のドライブ・レッスンは続いた。
その間もおばあちゃんのスリップ・ストリームは絶賛継続中であった。
数分してやっとのことで駐車スペースのある路肩を見つける。
僕は車をそこに停めると、後続車のおばあちゃんは急加速し僕のもとを走り去っていった。
僕は深く息を吐いた。
その日見た三重の夜景は美しかった。