指圧師の仲嶺さん (仮名)【前編】
首がいたい
イントネーションはZARDさんの「君がいない」でお願いしたい。
首が痛いのである。
カートリッジ式ならば頭を取ってしまいたいほどに首が痛い。
昔お世話になっていた鍼灸院で「まる猫さんは一般の方が引くほど頭が大きくて猫背なので人よりも多くの負担が首にかかっています」と言われたことがある。
原因など知りたくないから解決策を教えてほしいと叫びたい。
なお猫背に関するコメントは可愛いので許すが、前半の「一般の方が引くほど頭が大きい」に関しては訴訟を起こすべきだったと今更ながら後悔している。
わしゃ、エイリアンか。

そんなことはどうでもいい。
首が痛いのだ。
痛いだけならまだいいが、気持ちが悪くなり吐き気がする。
こういうときはどうすればいいかお解りだろうか?
そう、走ればいいのだよ、メロス。
走れば肩甲骨が動き、血流もよくなり、その結果、痛みや吐き気が改善されることを僕は経験的に知っていた。
1つネックがある。
いや、この場合のネックはそういうことじゃない。
首が痛すぎて下が向けないのだ。
厳密には下を向くと吐き気が増悪する。
だから大空を見ながら走らなければならない。
わかりやすく言えば、「ショーシャンクの空に」のDVDパッケージのような姿勢で走ることを余儀なくされているのだ。
誰がどう考えても解ることだが、この走法は非常に危険だ。
電柱などに激突する可能性があるからだ。
傍から見たら空の高さに感動していたおっさんが調子に乗りすぎて電柱に激突したようにしか見えない。
電柱ならまだしも通行人や動物に迷惑をかけるのは許されることではない。

しかも僕のジョギングコースには犬の意志を尊重する飼い主が多いところがあり、忘れ物を置き去りにするケースがあるので、うかつに大空を見上げながら激走していると、下半身辺りが凶悪犯罪に巻き込まれることもある。
それは是非とも避けたい次第である。
家に帰ると奥様からの二次被害が起こるからである。
それでも僕は走らなければならなかった。
竹馬の友、首ヌンティウスのために。
そして僕は誰もが思いもしなかった解決策を見出すのであった。

しかしその続きを語る前に話さなければならないことがある。
これから話す内容は本編を理解するうえで全く必要がない本当に取るに足らない情報であり、しかも全く面白くない。
敢えてタイトルをつけるならば、「あなたは待合室でダンスをしたことがあるか?」くらいが相応しい。
それでは聴いてください、「ぼくたちの失敗」。

現時点でこの記事は子供の習い事の保護者待合室で書かれている。
そして、僕の手の甲に蚊が止まった。
思わず叩いてしまったのだが、寸止めに近かったせいか蚊はピンピンしていた。
ピンピンしていると言ってもしばらくは飛べそうにない感じだ。
僕は一寸の虫にも五分の魂という言葉を信じ、床に落として回復する時間を与えた。
そして「回復したら好きに飛んでいけ」と小さな声でつぶやいた。
なんとなく良いことをした気分になり、PCのキーボードを打つ速度もあがる。
しかし、しばらくすると僕の手の甲に異変が起こる。
拳ダコのように刺された部分が膨らんできた。
しかも尋常じゃない痒さが襲ってくる。
それだけにおさまらず、体の「WHY?なぜに?」という箇所が痒くなる。
どうやら数カ所刺されていたらしい。
僕はあまりの痒みに自我をなくし、蚊がいるかも知れない地面に猛烈なスタンピングを始めた。
見る人が見たら炎のようなジルバを踊っているように見えただろう。

さて、「そして僕は誰もが思いもしなかった解決策を見出すのであった」の続きである。
首が痛くて上を向いていないと吐き気がしてしまう僕がそれでもジョギングをするために編み出した解決策である。
簡単だ。
「首に負担をかけないように前傾姿勢で走る」のである。
名曲「PERFECT HUMAN」の(サビ後?の)ダンスを思い浮かべてもらえるとイメージしやすいかもしれない。
見目麗しいかっこいいダンスである。
それで解らなければ、スキージャンプの跳ぶ前の感じを想像してほしい。
というわけで首の痛みを取るために僕は前傾姿勢を取りながらジョギングをした。
そして大方の予想通り、敢え無く前のめりに転んだわけだ。
そのとき僕は思った。
「僕にはマッサージが必要だ。」

紆余曲折あり、首が痛い僕は指圧をしてもらうことを決めた。
家の近くに全国的にも有名な整形外科医院がある。
粋で最高にかっこいい先生が経営されているので人気があるのも無理はない。
僕も首や腰を痛めたときは何度かお世話になり、すぐに治してもらったことがある。
まさに名医だ。

ただ人気が有りすぎるのが問題ではあった。
先生の診察を終えてから、別室で指圧師さんにリハビリをしてもらうわけだが、あまりの人気のため待合室はごった返している。
そして先生は新聞にも載るような名医であり、診断はすごく丁寧で、優しくわかり易い言葉で患者に寄り添ってくれるのだが、能力が高すぎて患部をすぐに見抜くので診断自体は滅茶苦茶速い。
それで何が起こるかといえば、診断が終わりリハビリを待っている患者さんが待合室に無限増殖していくのだ。
つまり先生の診断のスピードが指圧師さんのリハビリテーションのスピードを大きく凌駕しているのである。

結局その日は診断をしていただいたあと、2時間ほど待った。
おかげで昭和のプロ野球についてかなり詳しくなることができた。
それからリハビリテーションの部屋に案内されると、そこには指圧師の仲嶺さん(仮名)がおられた。
仲嶺さんはそれまで幾人の指圧をされてきたか解らないほど疲れ切っていた。
「いや、僕よりもあなたがリハビリテーションを受けなさい」と言いたくなるほどの満身創痍っぷりであり、大量の汗もかかれていた。
それでもプロ意識の高い仲嶺さんは指圧には一切手を抜くことはなかった。
流石である。
僕の症状を聞き、施術が痛くなりすぎないように調整をしてくれた。

そして仲嶺さんの快進撃が始まる。
「ふんっ!」
ああ、凝りがほぐれて気持ちいい。
すごい技術ですよ、仲嶺さん。
「ふんっ!」
この値段でここまでやってくれるなんてありがたいなぁ。
「ふんっ!」
おや?
「ふんっ!」
ほほう。
「ふんっ!」
そうなんですね。
「ふんっ!」
仲嶺さん、あなたは指圧するときに声がもれちゃうパターンの人なんですね。
やばい、面白すぎる。
「ふんっ!」
そして仲嶺さんはその後、信じられない言葉を発するのであった。
「こんな硬いの初めてだ。」
嗚呼、仲嶺さんは何も悪くなかったのですね。
悪いのは全て僕の首です。
指圧するのに声がもれるほど気合を入れないといけないほど硬い僕の首が悪いのです。
僕のことは「首だけアイアンマン」と呼んでください。
それで気がすまなければ「お腹は魔人ブウ、首だけアイアンマン」と呼んでください。
僕は心の中で仲嶺さんに詫びた。
夜も8時を過ぎたリハビリテーション室では仲嶺さんの「ふんっ!」という声だけがこだましていた。
※ 必ず見るべき名作。