僕がブログを続ける理由
「視覚的で短いメディアが好まれるようになっている」とはとあるYouTuberさんの弁である。
長時間拘束されず、わかりやすいことが今のトレンドらしい。
つまり全容を理解するのに過度の集中力を必要としないものが求められているのだ。

ブログはその対極にあるものだと思う。
総じて視覚情報よりも文字情報が多い。
それが故に記事を1つ読むにしても数分、長ければ十数分かかる。
ならば理解しやすいかというとそんなことはない。
ブロガーさんの愛やこだわりが強ければ強いほど難解な文章になることがある。
それなのになぜ僕はブログを続けるのだろうか?
割と真剣に考えたことがある。

自分の大切な人たちにとってこの世の中がどうあって欲しいだろう?
僕はこの世界が温かく笑いある場所であってほしいと思っている。
自分には世の中を変える力はない。
自分は世界の人々を救えるような知識や閃きを持っていない。
自分のような卑小な人間が「世界」などという言葉を発すること自体おこがましいことは解っている。

けれどもそんな自分でもできることは一体なんだろうと考える。
それはくだらない記事を配信させてもらうことなのだろうと思う。
宇宙に向けて信号を飛ばすように、どこの誰か解らない人に向けてくだらない記事を配信することなのだろう。
そして本当に幸運にして、その誰かに記事を読んで笑ってもらえたら、多分のくだらない僕の役目は果たされたと思う。
その誰かが周りの誰かを笑顔にして、その笑いが共鳴して広がっていく。
そしてその笑顔が自分の大切な人たちに戻ってきたらそれほど嬉しいことはない。
多分それは僕だけの願いではない。
僕はその同志の1人に過ぎない。

気の遠くなるような作業だけれど、自分には誰一人として笑顔にさせる力はまるでないかもしれないけれど、人に笑ってもらえて、その人がさらに周りの人を笑顔にして、それが回り回って世界を少しだけ楽しくする。
その世界の恩恵を僕の大切な人たちが授かれたらいいなと願っている。
そんな未熟で愚かな希望だけをもって僕は今日もブログを続けている。

この記事は当然のことながらフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。
※ ブログの教科書。
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