書き続けること
手持ち無沙汰になるとついついネットニュースを見てしまう。
眠る前も朝少し早く起きたときもネットニュースを見てしまう。
そこには稀ではあるが世界を照らすような美しいニュースがある。
誰かの心を彩るニュースは本当に素晴らしい。
けれどもニュースの多くは誰かが誰かの悪口を言っただとか、〇〇〇〇〇をする奴は駄目だなどのネガティヴなものが多い。
〇〇〇〇〇を着る奴は何も解っていないだとか、〇〇〇〇〇を指示する奴はおかしいだとか悪意のみのことばが垂れ流されている。

自分が世の中を語るなどという大それたことをできる人間ではないことは解っているつもりだ。
自分という人間にそんな資格も価値もないことは理解している。
それでも言わせてもらうと、いつからこの世の中は悪意でお金を稼いだり、人の注目を集められるようになってしまったのだろう。
誰かを傷つけることを生業にできるようになってしまったのだろう。
もしかすると日本だけに限ることなのかもしれないけれど、とても虚しい気持ちになる。

自分には何の力もないことは解っている。
きっとそういう人たちと較べてしまえば、自分の社会的地位や経済力は遥かに低いだろう。
紛れもなく負け犬の遠吠えである。
だから僕はブログを書く。
何の価値もない人間だけれど、悪意の広がりに抗うために。
誰にも届かなくても、誰の目にも止まらなくても、ブログを書き続ける。
絶対に誰かを傷つける記事は書いたりしない。
絶対に誰かを馬鹿にすることを目的とした記事は書いたりしない。

くだらなく、誰の役にも立たないけれども、悪意のない記事を僕は配信したい。
読んでくれた人の心が曇らない記事を僕は書いていきたい。
「全く面白くないよ」とか「くだらない」とか言ってもらえたらそれでいい。
意味も価値もないことは知っている。
明日も明後日も僕は被害者を生み出さない記事を書いていく。
ただひたすらに誰かの生を肯定する記事を書いていくだけなのだ。
この記事は当然のことながらフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。
※ 尊敬すべき先人たち。