大阪、人情の街
今から15年以上前のことだ。
僕は大好きだった彼女と3回めのクリスマスを迎えた。
年下だったが、とても聡明な女の子で、僕の価値観に大きく影響を与えてくれた女性だった。
彼女は中学時代からバイトをしていて、お金に関してシビアだった。
その前の年には東京に行っていて、日本武道館でライブを見た。
素敵なホテルに泊まろうと提案したが、「もったいないから」と彼女は却下した。
「さて、今年はどこへ行こう?」ということになり、2人で話し合った末に大阪でクリスマスを過ごすことになった。
大阪の街はまばゆいばかりにライトアップされていて、子供のころのように心が弾んだ。
昔見たトレンディードラマの舞台みたいに、非日常に溢れていた。
僕達はおしゃれなレストランで夕食を食べ、2人とも飲んだことのないシャンパンを味わった。
お金にシビアな彼女もたまの贅沢を楽しんでくれていた。
食事の最後には小さなチョコレートケーキと珈琲が出された。
彼女は珈琲が大好きだったので、上機嫌になってくれた。
キャンドルの向こうで彼女が笑っている。
何と幸せな時間だろう。
会話も弾み、時が経つのも忘れてしまった。
それが誤算だった。
その日、僕達は日帰りの予定でいた。
彼女が「家に帰れる距離なのに、わざわざ泊まるのはもったいない」と言っていたからだ。
そういう彼女のシビアなところも、だらしない僕にはたまらなく魅力的だった。
しかしレストランでの会話が終わる頃には、家に帰れる最後の電車は駅を出てしまっていた。
これはまずい。
最初、カラオケでオールすることも考えたが、大好きな彼女にそんな過酷なことをさせられない。
僕は大阪の街で泊まれそうなホテルを一軒一軒まわった。
しかしさすがにクリスマスイブだけあって、どこのホテルも満室だった。
10軒近くに断られ続けて、これ以上彼女を歩かせるわけにはいかなくなってきた。
次のホテルが満室だったら、彼女には申し訳ないけれど、カラオケか喫茶店で始発まで過ごすしかないと思い、近くにビジネスホテルを見付ける。
中に入ると、フロントにはおばさんが座っていた。
「すいません、部屋って空いていますか?」
僕は尋ねた。
「空いてないね、申し訳ないけれど。」
おばさんは答えた。
「そうですよね、すいません、お邪魔しました。」
僕はそう言って、立ち去ろうとした。
するとおばさんがこう言った。
「隣りの女の子は彼女かい?」
「はい、そうです、ありがとうございました。」
僕達はエントランスの方へ進んでいった。
後ろから咳払いが聞こえる。
「そんな女の子をこんな寒空の下で過ごさせるわけにはいかないよ。
従業員用に確保してある部屋が一つ空いているからそこにお泊り。」
本当はルール違反なんだと思う。
でもおばさんは凍えていた彼女を見て、このまま帰してはいけないと思ってくれたのだ。
そして部屋に通された。
彼女は安心してベッドに腰掛ける。
僕はおばさんに感謝をして、お茶を淹れるために湯を沸かした。
すると部屋にノックの音が響く。
不安になってドアを開けると、おばさんが手にショートケーキを持ってにっこりと笑って言った。
「メリークリスマス。」
僕は思わず泣きそうになった。
大阪の人情って温かいなぁ。
そこまで心がホカホカしたのは久しぶりだった。
これに応えないのは人間として間違いだと僕は思った。
僕はメモ用紙に「メリークリスマス、従業員さん、ありがとう」と書き、そばに5000円を置いて、ぐっすりと眠った。
歩き回ったせいだろうか、熟睡をしてしまった。
次の日、彼女が顔を洗っている音で目を覚ました。
僕は「おはよう」と彼女に伝え、彼女が風邪をひいていないか聞いた。
「ベッドで眠れたから大丈夫だよ」と彼女は元気に答えてくれた。
ふとメモ用紙のほうを見る。
メモには彼女の感謝の言葉が付け足されていた。
やっぱりいい子だなと思い、自分が幸せな奴だと再認識する。
そしてメモの隣りを見てみる。
5000円が1000円になっていた。
「そこまでシビアにならずともいいのでは」と僕は思ったのだった。
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