アズミちゃん
アズミちゃん (仮名)は別け隔てなく人に優しくできる女の子で、保育園のアイドルだった。
アズミちゃんは大きな赤い帽子を被っていて、保育士さんに「赤ずきんちゃんみたいで可愛い」と言われていた。
僕が通っていた保育園はままごとのことを「お母さんごっこ」と言っていたのだが、誰がアズミちゃんとお母さんごっこをするかで喧嘩が起きるほどだった。
保育園に通う男の子が戦隊モノごっこで役の取り合いをするのなら解る。
しかし僕たちはお母さんごっこで役の取り合いをしていたのだ。
誰しもがアズミちゃんの旦那さん役を勝ち取りたい。
だから「お母さんごっこが始まる!」と思ったら、ライバル同士で騙し合いや妨害活動がなされた。
例えば、「先生が呼んでいた」という偽りの情報をライバルに伝えたり、ライバルの靴を違う靴箱に移動させたりと、まさに下衆の極みといった足の引っ張り合いが繰り広げられた。
「旦那さん役以外にも、子供役とか作ればいいじゃないか」と思われるかもしれない。
しかし園児ながらに、旦那さん役でないとアズミちゃんと疑似恋愛体験が出来ないことを知っていたのだ。
また、なぜかアズミちゃんは旦那さん役のほかにはウサギ役やカメ役といったメルヘンチックな配役しかしなかった。
隣りで疑似恋愛体験がなされているという状況下でカメ役を与えられても、全うできる自信などはない。
大御所俳優でも難しい役どころだ。
そもそもカメ役に何が求められているのか解らない。
兎にも角にも、多くの男の子がアズミちゃんのことを好きだった。
保育園後の戦い
保育園が終わると保護者が迎えに来る。
このときも愚かな男子たちは、自分がアズミちゃんと遊ぶためにライバルを除外しようと必死になっていた。
例えばライバルの1人にヤギ君 (仮名)という男の子がいた。
ヤギ君はお父さんが警察官で、女の子からも人気があった。
厄介な存在だ。
そこで僕たちはヤギ君の保護者が迎えに来ると、「今日ヤギ君、逆上がりできてたよ」という情報を与えた。
するとヤギ君の保護者は「見たい見たい」となり、2人を鉄棒に向かわせることができるのだ。
これでヤギ君は恋のリングから退場となる。
ヤギ君は園児とは思えないような憎々しげな顔で僕たちを睨んでいた。
ジュリアス・シーザーも元老院で襲われたときはあんな顔をしていたかもしれない。
またライバルの1人にクニタ君 (仮名) という男の子がいた。
クニタ君は猪突猛進型で、ひたすらアズミちゃんにアタックをする人物だった。
厄介な存在だ。
そこで知性派で知られるトミイ君 (仮名) は、クニタ君の保護者が来ると、「今度のお遊戯会の説明を先生に聞いておいたほうがいいよ」と伝えた。
クニタ君のお母さんは 「そうね、教えてくれてありがとう」と言って、クニタ君を連れて保育士さんのところへ去っていく。
クニタ君は「ちょっ...待てよ!!!」と言っていた。
二十数年後に流行るものまねをしていたのかもしれない。
そして最後まで残った男子がアズミちゃんに「今日遊ばない?」とアプローチをする権利がもらえるのだ。
世が世なら天才軍師を多数排出する保育園になっていただろう。
僕は残念ながらアズミちゃんと遊ぶ機会はほとんど得られなかった。
しかし家が近いということで、休日に遊ぶ機会があった。
おそらく僕の人生で最初のデートである。
後編に続く
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