ブギ
あなたは絶景の前で涙をする男がいたらどう思うだろうか。
声を発せずに、顔をしわくちゃにさせて泣いているのだ。
握った拳がわなわなと揺れていた。
景色に感動して泣けるなんて素晴らしいことだと誰もが思った。
涙を流した男の名はブギと言った。
ブギは同じ学年にいた男子学生だ。
もちろんあだ名であるが、由来が何であったかを覚えていない。
ただし個性的な人物であり、エピソードには事欠かないことは覚えている。
ブギには自分をヤンキーだという自負があったが、ヤンキー君たちからすれば「アイツと一緒にしないで欲しい」という気持ちが強かったようだ。
要するに少しズレているのだ。
例えば不良は学ランのボタンを外すものだが、ブギには第5ボタンだけは外さないというこだわりがあった。
だからブギの学ランは常にブルゾンみたいな着こなしになっていた。
また集合写真では愚かなヤンキー君たちが中指を立てる中、ブギは独りだけ指でキツネを作っていた。
しかしブギは自分をヤンキーだと言い張っていた。
そんなブギにはこんな逸話がある。
保育園にプレゼント
ある日、技術・家庭科の時間に、木材を使っておもちゃを作ろうという授業があった。
作ったおもちゃは保育園にプレゼントするということになっていた。
今となってみれば、とてもいい授業だとおもうが、中学生のときは「なぜこんな面倒くさいことをさせるのか」と思っていた。
しぶしぶ僕は当時仲の良かったカトウと一緒に輪投げを作った。
ところが出来上がったものが存外いい出来だった。
面倒くさいと思って始めてみたものの、保育園児が喜んでくれたら悪い気はしない。
僕たちは子供が怪我をしないように輪投げ全体にヤスリをかけ、カラフルな色を塗った。
そして待ちに待った技術・家庭科の授業で自分たちの輪投げを持っていき、制作物を発表した。
自信満々の僕たちは制作品の輪投げが褒められると思っていたのだが、皆はブギの作ってきたものに釘付けだった。
魔剣だ。
残念ながらたいへんよく出来ている。
グリップの部分も持ちやすいようにきちんと加工されていた。
木製なので若干重いが、その分一撃の破壊力は大きくなることが予想された。
しかしブギ、思い出せ。
保育園児のおもちゃだぞ?
魔剣を作ってどうする?
無論、先生はブギの制作品だけは保育園に送らなかった。
風に立つブギ
そんな僕たちは遠足で山に上り、山頂に到達した。
各自お弁当休憩を取ることになっている。
しかしそんな中、絶景を前にブギだけは涙を流していた。
長い長い道のりの末、やっと見えた景色に感動しているのだろうと皆は弁当を食べながら思っていただろう。
ヤンキー君たちは「そういうところが俺たちと違うんだ」と言わんばかりに冷たい眼差しをぶつけていた。
けれども一部の人だけは見ていた。
ブギのお弁当箱にはふりかけしか入っていなかったことを。
完全な人為的ミスにより、ブギは瞳を滲ませていたのだった。
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