この記事は以下のものの続きです。
maruneko-cannot-sleep.hatenablog.jp
風のように走れ
僕は体育の先生に言われた通り、校舎裏の芝生へとやってきた。
そこでは20人くらいの半袖半ズボンの男たちが談笑していた。
みな180センチは越している。
嫌な予感しかしない。
学校に初めて行った日に知り合ったジョンという友人がそこにいた。
ジョンはとてもきさくで面倒見が良い。
「おお、この授業を取ったのか、こっちへ来い。」
ジョンは僕を呼び寄せ、ルールを説明する。
キャッチボールなんだからルールなんてないだろうと思っていたが、どうも様子がおかしい。
取り敢えず僕はジョンのチームに入った。
ジョンは「このボールを俺が投げるから、受け取ったら全力でラインまで走れ」と僕に説明する。
何を言っているんだ、ジョン。
それからプレーが開始された。
相手チームのキャプテンがボールをチームメイトに投げた。
チームメートはボールをがっちり受け取り、ラインめがけて走り出す。
そこにジョン・チームのメンバーが矢のような速度で飛び込んでいく。
2人はドスンと鈍い音を立ててぶつかり、数メートル吹っ飛んでもつれて倒れた。
そして、ケタケタと笑いながら起き上がり、「いや〜、いいプレイだった」とお互いを讃えた。
いや、あのスピードであの体格の奴にぶつかられたら命が危ない。
僕は恐怖で震えた。
ボールを取ったのでジョン・チームの攻撃の番になる。
ジョンは僕を見付けて微笑んだ。
ジョン、やめろ、変なことを考えるな。
僕はここのところ、ギターしか弾いていないんだぞ。
速く走れるわけがないだろう。
しかし期待も虚しく、ジョンは僕にパスを投げた。
僕はかろうじてボールを受け取った。
その瞬間、相手チームのメンバーの表情が獲物を見つけたライオンのようになる。
そして凄い勢いで僕に全員が突進してきた。
きえぇぇぇぇいぃ!
僕は可聴域ギリギリの奇声を発しながら、持てる力の全てで大地を蹴って進む。
その奇声に反応して、「オー、カラーテー」という歓声が上がったが、そんなことはどうでもいい。
あの勢いでぶつかられたら、僕の命が危ない。
筋肉が膨らみ、関節がきしむ。
それでも前に進むしかない僕は、呼吸をするのも忘れて、風のように走った。
そして誰も僕についてこられず、ボールを持ったままラインを越えることができた。
フラフラでその場に倒れ込む。
するとチームメートがやって来て、「お前凄いな」と僕を褒めてくれた。
ハイタッチを求めてくる者もいた。
相手チームのメンバーは悔しそうに僕を睨みつけてくる。
誰もが僕を「アジアから来たスピードスター」だと認めたのだった。
そして不幸にもジョンから圧倒的な信頼を得てしまった。
僕がゴールを決めたので、ジョンのチームの攻撃が続く。
やめるんだ、ジョン。
いや、少しは悩んでくれ、ジョン。
またもや僕の願いも虚しく、ジョンは僕にボールを投げた。
僕がボールを取る前に突撃をしてくる相手チーム。
きえぇぇぇぇいぃ!
今度は奇声をあげてボールを受け取ると、命の限りに走った。
走らなければ命が危ない。
そんなことを幾度となく繰り返し、体育の授業は終わった。
ジョンのチームは勝利したのだ。
僕はヒーローとしてチームからもみくちゃにされた。
そうなのだ、速く走るコツは180センチを越える大男10人に追いかけられることなのだ。
授業が終わると、ジョンが僕のもとへやってきて、ねぎらいの言葉を言ったあとで、僕にこうたずねた。
お前、何でほかの奴にパスしなかったんだ?
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