真夏の夜のフュメ 第1夜
フュメ [ヒュメ]
①獣の匂い
②芳しい香り
③出し汁
鋼鉄だった。
そういうことはある。
「布団だと思ったら鋼鉄だった」などということは誰しも経験したことがあるだろう。
まさに僕の家の3階の布団がそのような硬度を誇るのであった。
もう臥薪嘗胆もビックリだ。
いや故事成語はビックリなどしない。
ならば「3階で寝なければいいではないか」と思われるかもしれない。
おっしゃる通りだ。
しかし我が家で最大勢力を誇る遊牧民族奥様軍が夏場は1階、冬場は3階に移住をされる。
言わずもがな、夏場の1階は涼しく快適であり、冬場の3階は温暖で過ごしやすいのだ。
遊牧民族奥様軍が移住をされるたびに被搾取民族まる猫軍 (総員1名) は安住の地を追放されるのだった。
したがって夏場は我が軍は3階で寝ることになるわけだ。
そしてそこには鋼鉄の布団のみが存在する。
それ以外に選択肢はないのだ。
夜も更けてきたころ、僕はその布団に寝そべる。
硬い。
1階では柔らかいベッドで寝ていたため、硬度のギャップに耐えられない。
ちなみに3階に遊牧民族奥様軍の布団もあるが、それらは柔らかいつくりになっている。
WHY、なぜに?
ただ僕の布団だけが長い年月をかけて硬度を強めてきたのだった。
痛い。
寝ているだけで体中が痛い。
体のあらゆる場所に余分な負荷がかかる。
もはや布団なのかウエポンなのかわからないほどだ。
1つ言えるのはウエポンである場合は確実にリーサル・ウェポンであるということだ。
横になるだけで体力が減っていくのがわかる。
「いっそ立って寝たい」と思わせてくれる辛さだ。
こんな気持ちになるなんてあなたが初めてよ、僕の布団。
痛みから寝返りを打ち、また別の箇所が痛みだしたら寝返りを打つということが繰り返される。
そして寝返りを打ち疲れてやっと眠りにつくのだが、数十分後には痛みで目覚めてしまうのだった。
部屋にはたった1人であり、眠りにつくには絶好の場所であるのに、一晩で合算2時間ほどしか眠れない。
これではいけないと僕はこの鋼鉄の布団を攻略する術を思い付いたのだった。
真夏の夜のフュメ 2 第2夜
横になっている布団が鋼鉄製で痛くて眠れない。
そんな話はどこにでもあるものだ。
僕の布団も例に漏れず鋼鉄製、いやもうオリハルコンのような硬さを誇っている。
なんだったら魔王攻略戦でも頼れる武器として使えるのではないかと思うほどの硬度を誇っている。
冷静になって考えると笑えてくる。
横になると体が痛くなる布団なのだ。
そしてこれではならぬと思いたち、僕はこの布団とともに夜をこすために工夫をし始めた。
材料
厚手の座布団2つ
抱き枕2つ
バスタオル
まず座布団2つを重ねる。
そしてその上に抱き枕を「||」のように2本並べて置く。
抱き枕は長いので半分が座布団からはみ出て、自然と全体が「⊿」のような形状になる。
その上にバスタオルを敷けば簡易性のスロープができあがりだ。
先ほど僕は「この布団とともに夜をこす」と言ったが、前言撤回宜しくオリハルコンの布団の上に傾斜のあるベッドを作ったのであった。
これは大地から離れた場所に生きる行為とも取れるため、僕はこのベッドをムスカと名付けたわけなのだが、これが存外心地が良い。
まず柔らかいし、バスタオルこそあれども抱き枕と抱き枕の間に寝るわけなので、首が安定するのだ。
攻略した。
今なら童に「人間の叡智は硬い布団になど負けんよ」と言える。
僕は意気揚々とムスカに横になり、すんなりと入眠した。
ところがこのムスカを持ってしても抗うことができない事態が発生する。
暑い。
汗ビショビショになり、真夜中に暑さで目覚めてしまった。
2時間も寝ていない。
恐る恐る見た温度計は35℃を指していた。
僕は唖然とした。
まだ7月に入ったところなのだ。
あのままムスカに横になっていたらと思うとゾッとした。
ムスカだと思ったらキリコだったことはよくある話だ。
そして僕に風を送り続けてくれた命の恩人である扇風機を僕は抱きしめた。
それはもう西部劇のヒーローに抱きつく少年のように扇風機に感謝したのだった。
僕はそれから2階のキッチンに移動してクッションを敷いて横になった。
そこは31℃程度であり、かろうじて眠れたからである。
朝起きると奥様が汗びっしょりの僕を見つけてこう言った。
「あんた、獣のような匂いがするよ。」
真夏の夜に僕の体は焦がされたのだった。
真夏の夜のフュメ 第3夜
あなたは僕の作成したムスカを知っているだろうか?
オリハルコン製の布団の上に座布団2つを重ねる。
そしてその上に抱き枕を「||」のように2本並べて置く。
抱き枕は長いので半分が座布団からはみ出て、自然と全体が「⊿」のような形状になる。
その上にバスタオルを敷けば簡易性のスロープができあがる。
我々オリハルコン製の布団に眠る人間はこの寝具のことをムスカと呼ぶ。
大地である布団から離れて生きようとしているのだ。
そもそもオリハルコンという言葉が出てきた時点で、なぜ布団と話とつながるのかわからないという読者様もいるだろう。
大丈夫、あなたは正常だ。
こんな哀しい出来事はほかの人に起きてはならない。
前回僕は快適寝具ムスカを用いることでオリハルコン製の布団を攻略したと思われたが、真夜中にも関わらず35℃を計測するという異常気象のせいで敢え無く睡眠戦争に敗北を喫した。
ちなみに我が家は家の中のほうが外界の気温よりも高くなるという哀しいくらいミステリアスな仕様になっていることを付け足しておく。
背に腹は代えられない。
僕はプライドを捨て、エアコン様に頼ることにした。
30℃に設定しても部屋は快適に感じられるほどだったので、エアコン様のお力を借りる前はどれだけの高温であったのかお解りいただけると思う。
そして僕は快適な眠りに誘われていった。
事件に気付いたのは起床後だった。
僕は久しぶりに5時間も眠れたと喜びながら身体を起こしたその刹那、腰に激痛が走った。
ムスカの逆襲だ。
柔らかく踏ん張りの聞かない不安定な場所に5時間も横になっていたせいだろうか、左の腰に腰椎すべり症のような痛みが走った。
ムスカ、お前もか。
僕はヘルニア持ちなのですぐにコルセットを巻いた。
そのおかげか、かろうじて歩行することはできるようになった。
ただし左腰の痛みが強くて左折ができないという個性を付与されていた。
僕はティラノサウルスのような歩行スタイルで2階に降りていき、奥様に「おはようございます」と挨拶をする。
奥様は朝食を作りながら、僕を見てこう言った。
「何そのバケモノみたいな歩き方は?」
先日は汗だくの僕からケモノの匂いがすると言い、本日はバケモノのような出で立ちだと形容される奥様に座布団1枚をあげだいと思った。
是非ともムスカに使った座布団を持ってこようと思った。
この記事は当然のことながらフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。
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