ハードボイルド、AM3:00
冬の澄んだ空に綺麗なお月さまがかかっている。
まるで夜空を泳いでいるみたいだ。
こんな夜はなくしてしまった忘れ物を探してしまうものだ。
遠い昔にどこかに置き忘れた忘れ物。
男は「今夜こそはあのお月さまのようにひょっこりと現れておくれ」と願った。
煙草はだいぶ前にやめてしまった。
こんな淋しい夜には少し燻らせられたらいいのかな、そんな風に男は思った。
今は褐色の液体が恋人だった。
手が込んでいるのは好きじゃない。
インスタントコーヒーをガバっとコップに注いで、目分量でお湯を入れる。
格好良い俳優さんがやっていたように、歯ブラシの取っ手でコーヒーをかき混ぜて、ゴクリと喉に流し込む。
細かな味なんて解らない。
ただただ口の中に苦みが走る。
そして再び忘れ物を探し始める。
探せども探せども忘れ物は見つからない。
部屋の中であるのに息が白く広がる。
それでもなくしてしまった忘れ物を探す手を止めることはない。
もう一度ゴクリとコーヒーを飲む。
すっかりと冷えてしまっていた。
紅茶を沸かして、リキュールでも入れようか。
そこまでしてでも手に入れたいものがある。
今までずっと諦めてきた。
自分にはもう手に入らないものだと言い聞かせてきた。
けれども諦めが悪くなっていいだろう。
欲望に素直になって、獣のように追い求めてもいいだろう。
古い本をひっくり返す。
散らかっている譜面をかき集める。
思い出はそこにはない。
ジャズのレコードをきちんと並べ直す。
無造作に並べられている酒瓶を整頓する。
それはそこには見つからない。
立てかけられたギターをスタンドに立てかける。
散乱した部屋に秩序が取り戻される。
時計の針の音が響く。
それでもそれがない夜は続く。
過ぎ去りし時が戻ることはないように、その思い出も手が届かない月のように男のもとから去っていく。
男は立ちすくんだ。
そして窓から見えるお月さまを見ながらこうつぶやいた。
自分の子供はいったいどこにTVのリモコンを隠したんだ。
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