パン屋さんのシャム
近所のパン屋さんの前にはシャム (仮名)という猫がいる。
シャムはシャム猫ではなく、そもそもそのパン屋さんの飼い猫なのかどうか怪しい存在だ。
そのパン屋さんで買い物をして店を出るとよくシャムが何かを食べている。
シャムはおそらく結構な年齢であり、猫には珍しく敏捷性に欠ける。
けれどもそんなスローなテンポのシャムがとても可愛らしいのだ。
食べ物をゆっくりと咀嚼しているところなどついつい微笑んでしまうほどキュートなのである。
だからシャム目当てでこのパン屋さんに行ったりすることもある。
このパン屋さんはいわゆる町のパン屋さんで、イートインスペースがあり地元住民の憩いの場所となっていた。
行列ができるようなお店ではないが、僕はとても気に入っている。
毎日使うというわけではないが、そこにあるだけでありがたいというお店なのだ。
今日も家族の要望があり、そのパン屋さんに行った。
店の外で何かを食べているシャムに挨拶をして、入口の扉を開ける。
このパン屋さんのいいところは個包装がしっかりしているところだった。
衛生管理がしっかりしているお店は安心できる。
さすが地元住民から愛されているお店だ。
家族が欲しているのはアンパンだった。
僕はアンパン1つと自分用のパン2つをトレーに乗せて、レジに向かった。
レジでは奥様が常連さんと話が弾んでいたので、しばらく待っていると奥から大マスターが現れた。
大マスターは80歳をゆうに超えているだろう。
おじいちゃん子の僕は大マスターが可愛いと思ってしまうのだ。
大マスターは僕の選んだパンを見て、レジを打ち始めた。
僕の購入したパンの合計は573円だった。
細かいお金がなかった僕は大マスターに1080円を渡す。
大マスターは1080円を受け取り、再びレジを打つ。
そしてそのとき、大マスターは「おっ」という声を漏らした。
100%大マスターはレジを打ち間違えたのだ。
しばし計算をする大マスター。
奥様と常連さんがそばで話しているはずなのに、秒針が聞こえるほどの静寂を感じた。
大マスターからは何の音も聞こえないのだ。
どれくらい時が流れただろう。
大マスターは再び動き出し、僕にこういった。
「はい、おつり、7円ね。」
何ということだろう。
壊れるほどこの店を愛してもおつりは3分の1も返されない。
僕は「多分、計算違いますよ」と伝える。
大マスターは可愛く照れて、「間違った」と言った。
可愛い人だ。
そして大マスターは僕に「はい、57円ね」と言った。
僕は大マスターが可愛くて思わず笑ってしまった。
そしてそれを見ていた奥様が僕におつりをきちんと渡してくださった。
ああ、いい経験をした。
そう思いながら店をあとにする。
店の外にはシャムがいた。
シャムは相変わらず何かを食べていた。
僕はそれを覗き込んだ。
シャムが食べていたのはおにぎりだった。
※ 猫ちゃん大好き。