気まぐれなKISS (オール・イン・パッケージ)
今の携帯電話さんは4年ほど使っている。
いまだに性能が衰えないことが凄い。
感謝してやまない愛する携帯電話さんなのだが、サポートの期限が近々切れるという連絡が届いた。
そのため、出来ることなら一生使いたかったが、泣く泣く機種変更をする決意をした。
平日にたまたま仕事が休みであったため、近くの携帯電話ショップへと足を運んだ。
入り口で携帯電話を見ながら立っていると、シャツを着崩しているおしゃれな店員さんに「予約はありますか?」と声をかけてもらったので、「すいません、予約はしてないです」と伝えた。
すると店員さんは「ではこの用紙に記入をしてお待ち下さい」と丁寧に対応してくれた。
「いい人じゃないか」と思いながら、ソファに腰掛け、アンケート用紙に記入を進める。
するとその店員さんが高齢の女性と話を始めた。
多分常連さんなんだろう。
耳に入る言葉から察するに、女性は既に販売中止の機種に変えたいとお願いをしているようだった。
また自分の携帯電話にはウイルスが入っているので取り除いてくれとも言っていた。
店員さんは困りながらも根気強く応えていて立派だなと思ったが、「だからね、その携帯電話はもうないの」というように子供を諭すような具合にしゃべっていたことが少し気になった。
もう1つのテーブルには金髪で青い目をした妖精のように美しい女性が高齢の男性に携帯電話の説明をしていた。
日本の方ではない。
彼女はとても熱心におじいさんに説明をしており、その姿は非常に好感が持てた。
慣れない日本語を一生懸命話されている姿は神々しささえ感じさせた。
多分、彼女を見たら誰もが好きになってしまうほどチャーミングであった。
僕がすべてのアンケート項目に記載をしたくらいに、ハンサムな男性が僕のもとに来られて説明をしてくれた。
北村匠海さんに似ている。
この店には美男美女とシャツを着崩した店員さんしかいないのかと思ったほどだ。
僕のような人間と話をさせてしまって申し訳ないと思うほどだ。
そのハンサムな店員さんは説明の合間に紙に仕組みをまとめてくれたり、例を多用して理解を助けてくれたりしてくれた。
分かりやすい。
どうやらキャンペーンでかなり安く機種変更ができるようだ。
しかしながらそのキャンペーンで契約するには、必要なものが足りなかった。
取り敢えず後日必要なものを持ってきたときに契約を交わすことになった。
ハンサムな店員さんはそこで一旦店の奥に戻られて担当が変わることになった。
僕が独りテーブルに残されてしばらくすると今度は女性の店員さんがやって来られた。
あの妖精のように美しい女性だ。
美しいけれども、冷たい感じはしない。
寧ろ笑顔は弾けるようで、見たもの全てを虜にしてしまうほど魅力的だった。
「今までの説明でご不明な点はございませんか?」
日本語らしくないイントネーションではあったものの見事な発音だ。
僕は「先程の店員さんに充分に説明をしていただきました、ありがとうございました」と答えた。
妖精のように美しい女性は「私からもよりよいプランを提案させていただくために、いくつかお聞かせください」と続けた。
プランの「ラ」はLの音を出されていた。
Lの音は舌の先を歯の裏に付けて出すものであり、日本語にはない音だ。
流石だ。
そして敬語も完璧だ。
日本語の敬語は本当に難しい。
この妖精のように美しい女性はおそらく努力に努力を重ねてここまで完璧な日本語を習得されたのだ。
身も心も美しい。
僕は人としての徳の高さに感動した。
おそらく彼女には欠点の1つもないのだろうと僕は思った。
そして彼女はこう続けた。
今日はKISS変でしたよね?
どういうことだ?
僕には妻子がいるが、いつの間にそこまで僕たちの関係は進んでしまったのか。
思わず奥様に謝罪をしたくなったが、ついさっき初めて話した女性だ。
彼女は続けた。
今のKISSはどこがお気に召しませんでしたか?
どういうKISSが欲しいですか?
わかった。
彼女は機種を発音しようとするとKISSになってしまうのだ。
信じられないかもしれないが、このKISS事件は目の前で実際に起きている。
完璧と思われた彼女にもまさかこんな個性があったとは。
また困ったことに逆に魅力的なのだ。
ドキドキする。
彼女は続ける。
私のKISSはちょっとだけ古いタイプなんです。
最近はこういうKISSがメインです。
駄目だ。
どうしたらいいんだ。
説明に集中できない。
この2つのKISSだとどちらが好きですか?
気まぐれだ。
気まぐれすぎる。
突然のKISSに心が奪われる。
眼の前の女性が魅力的すぎるのが問題だ。
結局ドキドキして最後まで説明が入ってこなかった。
それでは次回来店されるときまでこのKISSは取っておきますね。
彼女は店の外まで付いてきてくれて、僕に深々とお辞儀をしてくださった。
来週僕は彼女からお目当てのKISSをもらいに行く予定だ。
補足
この記事は昨年書かれたものだ。
来店させていただいた携帯電話ショップの店員さんは皆とても親切であった。
手続きの関係で夜の8時を過ぎてしまったのだが、それでも笑顔で接客してくださった。
そしていま手元には新しい携帯電話がある。
とても便利だ。
ぜひ僕のKISSを皆さんにもおすすめしたい。