真夜中の電話
今でこそ花粉症で鼻が完全に詰まる僕であるが、高校3年生のときは鼻水がとめどなく出ることで悩んでいたものだった。
なぜ人はかくまで体質が変わるのか理解に苦しむが、大学入試の受験会場でティッシュペーパーが1袋では足りず、やむなくテストの問題用紙で代用したことを覚えている。
これはそんな僕が大学に入ってしばらくしてから体験した恋の物語だ。
アメリカから日本に帰ってきて、大学受験をし、僕は一人暮らしを始めた。
生まれ育った場所から遠く離れた街で過ごす日々は気楽で楽しいものであった。
朝までダラダラと起きていて大学へ行き、昼過ぎに眠りについたりと、ややもすれば自堕落な毎日を送っていた。
そんな日常の中、電話があった。
夜の12時くらいだった。
夜の電話は人を不安にさせる。
何事かと思い電話に出る。
電話の主はミミコだった。
「こんな遅くにごめんね。」
卒業式以来の声に懐かしさを覚える。
「どうしたの?」
僕は電話越しに訪ねた。
長い長い沈黙のあと、噛み殺した吐息が漏れる。
ミミコは小さな声で泣いていた。
「何かあったの?」
電話越しでミミコが震えているのが解る。
僕から口を開いた。
「大丈夫だよ。」
根拠なんかない。
けれども僕がミミコを大丈夫だと安心させてやるという思いがあった。
「...好きでもない人と付き合うことになったんだ...。」
「え、そうなのか。」
「でもね、やっぱり違うと思ってお断りをしたの。」
「うん。」
「そしたらいっぱいいっぱい酷い言葉を言われて...。」
「うんうん。」
「あたしってそんなに駄目なのかなぁ。」
ミミコは涙をこらえようとしていた。
「ごめんね、こんなことでこんな時間に。」
僕は正直嬉しかった。
ミミコが僕を忘れていなかった。
それだけじゃない。
ミミコが僕を今も必要としてくれていることが嬉しかった。
「ミミコは駄目じゃないよ。」
ミミコの涙は止まらない。
こういうときは臭すぎる言葉のほうがいいと思った。
「隣りにいたら頭をポンポンしてあげるんだけど。」
ミミコは小さく笑って「もう、なんなの、それ」と呆れ笑いをした。
「でもそばにいないから、朝までだっていい、ミミコの素敵なところを挙げていくよ。」
ミミコはこみ上げる悲しみを飲み込んで、小さく「ありがと」と言った。
「キミは今も優しいね。」
「ミミコは僕が適当なことを言っていると思っているかもしれないけれど、本当に朝までミミコの素敵なところを言うつもりだよ。」
「ううん、もういいの、こんな遅くに本当にごめんね。」
「いや、こちらこそブーメランの件は本当に申し訳なかった。」
どさくさに紛れて僕は過去の罪を精算しようとした。
ミミコは笑って、「ああ、あれは許さないんだから」と言う。
「いや〜、許せよ〜、してほしいことがあったら何でもするからさ。」
ミミコは笑顔になって「許さないよ〜」と言う。
しばらくじゃれ合ったあとでミミコは言った。
「またたまに電話していい?」
僕は答えた。
「毎日だって構わないよ。」
肌寒くなり始めた季節に僕たちの歯車はまた回り始めた。
冬は嫌いだった。
僕は頭が大きいから慢性の肩こりに悩まされていた。
今でこそジョギングをしたり筋トレをするので肩こりはなくなったが、大学のときは酷い痛みに悩まされ、ブロック注射をして痛みを止めていたくらいだ。
けれどもその日からくしゃみをするたびに、僕はミミコが僕のことを考えてくれていると思った。
ミミコのことを考えるだけで、心の真ん中が暖かくなる気がした。
続く