闇夜の竜王戦 (序)
旅行、なんと妙なる響きであろう。
大黒柱の僕が腐りかけの我が家も旅行には目がない。
家族からは腐りかけのレディオと言われて幾星霜。
レディオは腐ることはないのに。
そんな旅行好きな家族ではあるが、1つ問題があるのであった。
それは僕の稼ぎが少なくて宿泊のときはいつも小さな1部屋しか借りられないということだ。
「それもまた風情ではないか」とお考えになられるかたがいるかもしれない。
大きな間違いだ。
まず僕であるがイビキが凄まじいことでロック・シーンに名を残した人間である。
その低音の響きたるや奥様に「耳栓をしていても逃れられない」と言わせるほどだ。
ドームでのライブ中に停電が起きたときも、僕のイビキのベース音だけは球場全体に響き渡っていたという逸話を持っている。
そして我が家には王子がいるのだが、この王子の寝相が神がかっている。
朝起きると王子だけが違う部屋にいることくらいなど可愛いもので、新しいフィギュア・スケートをポージングを開発しているのかという体勢で熟睡されていることがある。
王子は寝言も他の追随を許すことがないクオリティーで、無意識下であるのにアメリカのヒット・チャートを席巻する寝言ラップを繰り出してくる。
つまりダイナミックな寝相を誇る寝言ラッパーと伝説のイビキ・ベーシストが共演することになるのだ。
奥様いわく「悪夢しか見ることができない」とのことだが、奥様が困られる分には我慢していただくしかない。
我が家には王子と歳の離れた天真爛漫な姫がいる。
つまり家族が1部屋で眠るときの問題は、寝相寝言ラッパーとイビキ・ベーシストから姫の安眠を守らなければならないということである。
読者様がイメージしやすいように、我々が泊まる部屋を以下のように表示させていただきたい。
①②③④⑤
⑥⑦⑧⑨⑩
⑪⑫⑬⑭⑮
上記の部屋において⑥に王子、⑦にまる猫、⑧に姫、⑨に奥様が寝ており、姫の安眠を守ることが毎回の勝負の目的である。
そしてつい先日、闇夜の竜王戦が行われたことはあまり知られていない。
この記事は当然のことながらフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。
※ 将棋盤。
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