【お家の方へ】
この記事はお腹が痛くなりやすい人がその苦難を発信する目的で書かれています。
したがってお尻よりくだされる整腸の鉄槌に関することは記事を書くうえで避けて通れません。
お子様がお食事中の場合はこの記事を読ませないようにご配慮ください。
お腹狂騒曲1
5日だ。
5日経つのだ。
人生で最高新記録だ。
凄くないか?
何が5日って小用を足していない期間が5日なのである。
そんなことが可能なのかと疑われるかも知れない。
可能なのだ。
常にファイヤー状態であれば。

24時間お腹がくだっていれば小用など足す必要はない。
オール・イン・ワン状態で問題は解決なのだ。
事の始めはとある仕事納めの金曜日のことである。
仕事終わりに晩酌のおつまみを買いにスーパーに出かけると、揚げ餃子が安売りされていた。
脅威の50%オフであった。
僕は喜び勇んで商品棚に残っていた3パックを購入した。
1パックには15個程度の餃子が詰め込まれていた。
3パックも買ったのに1000円を少し超過する金額であることに気を良くして、家族が寝静まった11時くらいから晩酌を始める。
思えばスーパーの時点で気付くべきであった。
いくら安くても揚げ餃子を45個も深夜に食べるべきではない。
ライブで胸焼けに苦しみながら晩酌をしなければいけなかったことは後にも先にもない。
自分の胃腸の強度を過信していたとも言える。
翌朝吐き気と腹痛で目が覚めてから、整腸の鉄槌が始まったわけだ。
FIRE生活をしたいのにファイヤー生活が始まるとは誰が予想しただろうか。

経験したことがある人は解ると思うが、(家にいられるという前提があれば)腹痛よりも吐き気のほうが苦しい。
正直吐き気が辛すぎて、朝からファイヤーし続けていたことに気付いたのはその日の夜になってからだった。
そんなとき人は鰹出汁のうどん以外食べたくなくなるものである。
結局その日の夜になってやっと吐き気が収まり、カップうどんを口にすることができた。
それからすぐにファイヤーなわけである。

3日めの月曜日には少し回復していたこともあり、会社に出勤した。
実を言うとその時期は1週間ほど出勤義務はなかったのだが、「さすがにもう治っただろう」という過信により正しい判断ができなかったわけだ。
僕は午前の打ち合わせに平然と参加した。
その打ち合わせは上役には参加義務があったが、平社員には参加任意というものであったので、僕が参加する必要はまるでなかったのだが、「もうお腹も行けるやろう」と余裕の構えを見せていたのだ。
もうお解りだろう。
不正解だった。
打ち合わせ開始数分後にお腹の中で核融合が起こる。
僕はたまらず「あ、忘れ物」と言って席を立ち、ファイヤーをした。
「忘れ物」と言った以上、何かを持って帰らないと不自然だ。
考えた挙げ句、タブレットがあるから必要ではないはずの筆記用具を手に打ち合わせ会場に戻るのだった。
哀しい哉、会場に戻って数分後にまたお腹から整腸のアラームが鳴り響く。
僕は「いけね、忘れ物」と言って席を立ち、再びファイヤーをする。
そして湯呑みを手に打ち合わせ会場に戻るのだった。
嗚呼、2度あることは3度あるものだ。
再び会場に戻って数分後にまたお腹から移民の歌のようなメロディーが聴こえてくる。
僕は再度「すいません、忘れ物」と言って席を立ち、再々度ファイヤーをする。
トイレから出てもう持っていくものがないことに気付き途方に暮れ、取り敢えず鉛筆削りを持っていくのだった。
ちなみに僕はボールペンを使っているので、上司たちは僕が持ってきた鉛筆削りを見て恐怖の表情をしていた。
ここで終われば笑い話にもなるが、その後も退室を余儀なくされる事態が続き、結局打ち合わせが終わるまでに5回ほどファイヤーすることとなった。
上司たちの「こいつ、こんなに退出するのに何で参加したんだ?」という顔はこれからも忘れることはないだろう。
ちなみにそれ以降の退室では眼鏡を別室に置いて打ち合わせに戻り、最後の退室ではその眼鏡を再び取りに行くという奇行をするはめになった。
この記事は例のごとくフィクションということにしていただけないでしょうか。
したがって実在の人物・団体とは一切関係がないとお考えください。