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伝説のメタルバンド JUVEN-EYE-LE のencyclopedia 1

伝説のメタルバンド JUVEN-EYE-LE のencyclopedia

略歴

1995年11月28日、京都府宇治市ヤスC (ベース)と入道雲 (ドラム)により、「Sleeping on the Volcano」を結成。

他のメンバーは地元のライブハウスで知り合ったロバートソン本郷 (ボーカル)と水飲み過ぎ (ギター)で構成された。

1996年1月、ユニットバス (ターンテーブル)とリコール対象 (パーカッション)を加えて、初の有料ライブを行う。

1997年2月、少食 (ギター)とドリルマン (ギター)と人間マングローブ (ギター)を加えて、インディーズとして全国をライブして回る。

この際に大手レーベルから関心を引き寄せることに成功する。

1997年5月、アイドル・マニア (ベース)と海外旅行 (DJ)を加えて11人体制で活動を開始する。

バンド名を「JUVEN-EYE-LE」に定め、リーダーヤスCを中心に東京を中心に活動を始める。

PAKUTASO (www.pakutaso.com)

1999年3月より、リーダーヤスCがメンバー全員がモンスターのマスクを被ってパフォーマンスすることを決定し、11人分のマスクを発注。

1999年4月、リーダーヤスCが脱退。

1999年5月、新リーダー入道雲がアルバム制作の過程でギタリストが多すぎることに気付く。

1999年6月、ホメロス (ギター)、イカロス (ギター)、スターダスト (ギター)、肉じゃが (ギター)と坂道 (ギター)が加入し、15人体制 (ギター9人体制)となる。

1999年7月、アイドル・マニアが弾いていた楽器がベースではなくギターであることに気付き、ノー・ベース&ギター10人体制となる。

1999年8月、takagi (ベース)、フランケンシュタイナー (ベース)、ブレーンバスター69 (ベース)が加入し、18人体制 (ギター10人体制、ベース3人体制)となる。

1999年9月、メジャー・デビューをし、ラジオでリーダーの入道雲が「世界の音楽シーンを変えてやる、俺達に着いて来い」と叫ぶ。

1999年10月、入道雲脱退。

新リーダーロバートソン本郷が何となく人数が減ることを恐れ、完全変態 (ボーカル)、

レバンロック (ボーカル)、チョイソル315 (ボーカル)、夜行列車 (ボーカル)とSir Night CROWL (ボーカル)が加入し、22人体制の「JUVEN-EYE-LE」が誕生する。

1999年11月、それまでになかったスタイルに若者を中心に人気が高まるが、22人なのにマスクが5種類しかなく、「区別がつかない」と苦情が殺到。

また最年長であった水飲み過ぎがマスクをしながらだとうまく呼吸ができないという理由でライブ中に演奏をボイコットする。

しかしギターが10人もいるため、観客は水飲み過ぎが演奏をしていないことに気付くことはなかった。

メンバーは水飲み過ぎが還暦を過ぎていたことに驚きを隠せなかった。

自分の意見が通らなかったと感じた水飲み過ぎは次のライブでマスクを取ってパフォーマンスをするが、観客はマスクを取る前と取った後の水飲み過ぎの顔の違いを理解できなかった。

 

この記事は当然のことながらフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。

 

※ メタルバンド。