わかる人だけにわかる話「監督」
お気に入りの14800円の自転車で街を行く。
すると小学生が保護者を伴って中学校に入って行くのが見える。
中学受験だ。
もうそんな季節かと思った。
この前は中学生が高校に向かうのを見た。
さすがに中学生くらいになると保護者同伴のケースは少なかった。
「僕なら付いていってしまうだろうなぁ」と苦笑をした。
そして受験生と彼女ら彼らを支えてきた家庭にエールを送るとともに、僕の中にビターな思い出が蘇るのだった。

僕が大学生のときに塾でバイトをしていた。
そこで1番苦手だった作業が監督の補助である。
ようは模試監督の補助だ。
嫌ではあったが、バイトなので断ることもできない。
もちろん正社員の方1〜2名がメインで監督をし、僕には「とりあえずそこに待機」という使命がくだされた。
僕が役に立った記憶がまるでないのは、100%の確率で何も起こらなかったからである。
心優しい正社員の方に「君はいなくていい」と言っていただくほど何の役にも立たなかった。
限られた空間の1部を何の働きもしない蛋白質の塊が支配をしているだけだった。
「楽ではないか」と思われるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
試験によっては90分近くあったりする。
その間まんじりともせず鎮座し続けるわけだ。
僕は座っているよりも立っていたほうが楽だったので、直立不動の姿勢を取っていた。

することがない状況ほど苦痛なことはない。
しかも模試とはいえ、生徒の頑張りを無にするような行為は許されるものではない。
生徒が気づくことがないように、会場の後ろのほうで少しだけ足を伸ばしてみるくらいまでしか許されないわけだ。
ときに座ったり、ストレッチをした。
そしてここで読者様に問題である。
「試験監督(の補助)をしているときに地味ながら最も困ることは何か?」
「地味に」ということが重要である。
ちなみにお腹が痛くなるというのは地味な問題ではなく大ピンチなのだ。
この件は後日ぜひお話したい。
それでは正解を発表する。

正解はこむら返りである。
ふくらはぎに凄まじい激痛が走るわけだが、「ぐぅ」という声すら出すわけにはいかない。
生徒たちは自分の力を試すために試験問題と格闘している。
痛みで叫びたいにそれができる状況ではない。
痛みを逃がそうと白目になってみるが、そもそも白目になればそこから痛みが排出されるというような民間療法がないわけだ。
やむを得ず音を一切立てずのたうち回る。
そして正社員の人が異変に気付くが、白目でのたうち回る僕を見て恐怖で顔が歪んでいた。
10分程度の激痛を乗り越え、通常営業に戻れたときの安堵といったらなかった。
その教室では生徒たちのほかにもう1名熱い戦いを繰り広げていた人間が存在したことを僕達は忘れてはならない。
この記事は例のごとくフィクションということにしていただけないでしょうか。
したがって実在の人物・団体とは一切関係がないとお考えください。
※監督。